<序>


 とぼとぼと歩きながら、熾昂は、溜め息をついた。
 四角い土壁が視界に現れてから、もうどの位、歩いただろうか。土壁は、今でこそ大したものには見えないが、それは遠いからで、近づけば熾昂の身長の数倍にはなろう。
 何せ、土壁の内側には、邑がまるごとひとつある。
 邑の人口や経済状態によって、差はあるものの、防護壁は、最低でも熾昂の背丈の五倍はあるのが普通だ。そうでないと、妖怪の群れに、たやすく登りきられてしまう。
 妖怪だけではない。鬼も出る。鬼と言うものはまだ見たことがない……見えないのが当たり前らしいが……のでよく分からないが、肉体をもたない化け物を総じてこう呼ぶ。他にも何だか得体のしれないものが、たくさん出る。世界は、あまり平和ではないのだ。
 熾昂の意識が目の前の土壁に戻った。
「まどろっこしいなあ、風火輪で飛んで行きゃあ、ほんの瞬きする間に着いてるのによぉ」
 再び溜め息をついたところで、後ろ頭をこづかれた。振り向くと、妹分の絡絢がこちらをにらんでいた。
「らーくーけーんー」
 わざとらしく抑揚をつけて、熾昂は義妹に詰め寄る。
「あにすんだよっ!」
「し・こ・う……が悪いんでしょう?もう、本当、気が短いんだから」
 絡絢が身を引くと、ふたりの少年の姿が目に入った。ひとりはこちらをにらんでいるが、もうひとりは泣きそうなまなざしで、熾昂を見詰めている。少年はすがるような目で、何か言おうとしたが、すぐ口をつぐんでうつむいてしまった。
 熾昂は慌てて少年に駆け寄った。
「ち、治疾?別に俺は、お前たちが遅いから怒ってる訳じゃないんだぜ。その、何だ、単にほら、俺ってすげえせっかちじゃん?だから……どうしても、イラついちまうんだよ、別に誰が悪いとかじゃなくて、俺の性分ってやつだ」
 治疾の薄い肩に手を置いて、熾昂は諭した。が。
「すみません、熾昂師兄……。私が空を飛べる乗りものを所持していないばかりに、貴方まで歩かないといけないのですね……」
 熾昂は頭を抱えた。
「だから、治疾!そうじゃなくて!」
「そうよ。まがりなりにも一応女の人なんだから、敬称つけるなら『師兄』じゃなくて『師姉』よ」
「絡絢!お前は黙ってろ!」
「黙ってろとは何よ、親切に教えてあげたんじゃないの」
「すみません、すみません。ああ、おふたりが私のせいで喧嘩を……」
 と、それまで黙って三人のやりとりを見守っていたもうひとりの少年が、突然歩き始めた。少年の行動に気づいた三人が、騒ぐのをやめて、そちらを向いた。
「才成師兄!何処行くんだよ」
 熾昂が呼びかけた。
「決まってるだろう。目の前に邑があるのに、立ち止まっているのは時間の無駄だって言うんだ」
 振り向かずに、才成は答えた。
 彼の言葉は、確かにと三人を頷かせた。

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